近況
長い期間、更新ができなくて申し訳ありませんでした。昨年12月に南部アフリカのアンゴラとモザンビークを訪れました。紛争地の取材で1980~90年代に南部アフリカを訪れて以来です。かっての内戦国がどんな復興を遂げているのか興味を持っていたところに、ジャイカから取材依頼があったので、ここぞとばかりに訪れる応じました。現在、発売中のアサヒカメラ5月号に「アンゴラ・復活の大地」というタイトルで12ページのグラビアを組んでいますので、ぜひ、書店でご覧になってください。以下は取材ノートからの抜粋です。
2002年に内戦が終結した南部アフリカのアンゴラ。観光客がほとんど入ることができない国だが、JICA(国際協力機構)からの撮影依頼があったことから、昨年12月、初めての入国が叶った。現地でまず圧倒されたのが、その活況ぶりだった。アフリカ第二の産油国となったアンゴラを訪れる世界各国のビジネスマンたちのために次々と建てられる高層ホテル。路上にあふれる高級乗用車と延々と続く交通渋滞。一億円の豪邸が飛ぶように売れる一方で、ミネラルウーターのボトルを一本、一本、路上で売ることで生計を立てる人々がいるという現実・・。しかし、私を一番、感動させたのは、さまざまな問題を乗り越えながら、「今日」を生き抜こうとする人々のエネルギー、人が「生きる」ことの迫力だった − アサヒカメラ5月号から −
アフリカからの帰国後は、秋の釧路芸術館(9月13日〜11月13日)での写真展や、秋に発行予定の写真集「人間交路ーシルクロード」(毎日新聞社刊)の打ち合わせが続きました。そして、3月には引っ越し。その直前に右足の肉離れを起こしてしまい、学生時代から数えると11回目の引っ越しはなかなかに大変な作業となりました。
新居に落ち着いて間もない3月中旬、昨年末から続いていた小説家・熊谷達也氏の「小説すばる」誌上での無断引用問題が、やっと解決に至りました。登場人物の設定、物語の導入部と筋立てなど、私の著書「マスードの戦い」(河出文庫)に全面的に依拠しるため、私が連載中止と謝罪を求めていたものです。「著作権侵害を認めなければ訴訟も辞さず」という強い態度で臨み、やっと和解に至りました。問題の小説「聖戦士の谷」は連載予定で、二回目以降にはマスードが登場するはずでした。マスードに会ったこともない氏が、私の素材を勝手に使って、マスードについて勝手に書き進めることには耐えられません。私の強い抗議に、集英社と熊谷氏が著作権侵害をほぼ認める形で連載中止と誌面とホームページでの謝罪に応じたことで、それ以上は争わないことにしました。降って湧いたような事件に本当に心身ともに消耗させられました。人の労作をあんなにも簡単に使って小説を書いてしまう表現者とはなんなのかと、今でも怒りが湧いてきます。
新しい住居にも馴れ、心機一転、5月13日からは、ネパール・チベット圏の撮影に向かいます。そのあとに続く中国西域の再取材と併せて、9月発行予定の写真集のための追加撮影です。唐の都・長安から、中央アジア、中東を通り、西洋と東洋の交差点イスタンブールまでの旅で撮り収めた心に響く写真集にしたいと願っております。4月30日には、週刊金曜日で連載していた「日本国憲法」が一冊の本として発売されます。中東、中米、アフリカ、シルクロードの国々、故郷・釧路、秋田、奈良、沖縄、パリなど130枚のカラー写真が憲法の条文と並んだ、地球曼荼羅のような一冊に仕上がりました。これも是非、書店でお手にとって見てください。
9月13日からの、「微笑みの降る星」展(釧路芸術館)は、300点以上の写真を展示するばかりか、数多くのイベントも行います。地元釧路の写真展としては1996年の「いま、人間へ」展以来の規模となります。子供たち、そして、大人とのワークショップも楽しみですし、地元の応援団の方々はさまざまなイベントを考えてくれているようで
す。会期は二ヶ月ありますので、全国の皆さん、何とか都合をつけて参加してみてください。旅の途上、故郷・釧路の湿原、阿寒湖、摩周湖、美幌峠などの美しく雄大な光景をお楽しみいただけるとうれしいです。
来年2009年は、私がフリーになって、アフリカ・ローデシアに旅だってから、ちょうど、30年を迎えます。長いようで、あっと言う間だったような気もします。時には立ち止まったり。壁にぶつかったり、血を流したりしながらも、写真家として歩んできました。しかし、よく考えてみれば、世界各地で出会った、たくさんの方たちに助けられることでここまで歩んでくることができたのだと気がつきます。写真家生活30周年を前に、出会った人々に感謝の気持ちでいっぱいで
す。みんな、本当にありがとう!!!
長倉洋海